鎧兜・五月人形を飾るわけ

●五月飾りの原型は災厄払い。
 もともと端午の節句は、悪鬼や災厄を祓うのが目的で(詳しくは「端午の節句のいわれ」を参照下さい)、武家屋敷の塀や門に柵を作り、幟(のぼり)や兜・槍・なぎなた等を並べてる外飾りでしたが、やがて鎧兜を着せた武者人形を飾るようになったそうです。でも庶民は本物の武具などは持っていませんから、最初は厚紙などで兜や剛毅な武者の人形を造り飾っていました。これが五月人形の始まりです。
やがて文化の円熟した元禄時代になると、外飾りではなく室内に飾るミニチュアサイズの幟が登場し、同時に弁慶や義経等の史実に残る勇猛な人物の武者人形や疫病から人々を守る鍾馗様が盛んに作られ飾られるようになります。この頃から武家と庶民の飾りに差異が無くなり、外飾りではなく室内に飾る内飾りが主流になり、現在に近い形の端午の節句のお祝いの仕方が普及していきました。

●鎧兜は、命を守り健康であることの象徴。
 鎧兜が現在の様な形で、主に飾られるようになったのは、戦後と言われています。 理由としては、鎧兜は、古くから命を守る象徴として考えられていたため、男の子を事故や災害から守るものとしてとらえるようになったからだと思われます。実際に武田信玄愛用の「楯無の鎧(楯をも必要としない頑強な鎧と言う意味)」は、代々武田家のご神体で、現在も山梨県塩山市の菅田天神社に奉られています。他にも多くの鎧兜が、国宝やご神体として各地の神社仏閣で奉られています。
 このような考えから端午の節句では、鎧兜を戦いの道具ではなく、身体を護るものという意味でとらえるようになります。現在では、事故や病気から赤ちゃんや子供を護ってくれるようにという願いを込めて飾っているわけです。


鎧兜・五月人形を飾るわけ
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